人間がこの世に生まれて不幸となるおもな原因としてなにがあるでしょうか
仏教を参考にして書いて見ます
お釈迦様は人間が逃れられない苦しみを四苦八苦と述べています
四苦は生老病死であり、この世に生まれる苦しみ、老いる苦しみ、病気になる苦しみ、死ぬ苦しみを言います
それに愛別離苦(愛するものと分かれる苦しみ)、怨憎会苦(憎らしい者と出会う苦しみ)、求不得苦(求める物が得られない苦しみ)、 五蘊盛苦(心身の活動が盛んな苦しみ)この四つを足して八苦と分類しています
このような苦しみに出会う原因を、お釈迦様は執着にあると説きました
たとえば現代では貨幣経済が発達していますから、お金に対する執着が苦しみの原因になることも多いでしょう
お金をたくさん持っている人でも、失うことへの恐れで、執着による苦しみを体験することもあります
その他にもこの世的な名誉に執着し、それが苦しみの原因となることもあります
そうした人々の姿を見て、お釈迦様は執着が諸々の苦しみの原因だと説きました
そして人間というものは仮に様々な要素が合わさって作られた、無我なる存在だと述べます
つまり本来は我は無いものなのだから、それを認識して執着を絶たせる修行を説いたわけですね
このように元々は苦しみの原因を取り除くために執着を離れることを説き、そのための修行として無我を説いたわけですが、その無我説が後世に誤解される部分も出てきました
無我なのだから霊魂なるものも無いと説く仏教徒も出てきてしまいました
真実は、もちろんそんなことは無く、お釈迦様は霊的な状態での不幸も考えていたと思います
実際に霊魂は存在するわけですが、亡くなられた霊で、未浄化な方たちの特徴として、この世への執着が強いことが上げられます
たとえば一生懸命働いてお家を建てて、その土地や建物の執着が強いと、いわゆる自縛霊と呼ばれる存在になって、死後もその場所に居続けることがあります
または残された人や、この世への執着が強くて、なかなか旅立てずにいるということは多くあるでしょう
このように亡くなられた霊の方の特徴として、執着が強い方は、なかなか直ぐに霊界に旅立てないということがあります
つまりお釈迦様も、単にこの世の人の苦しみの原因として執着を断つことを述べたのではなくて、亡くなった後の人のことも当然理解して法を説かれていたというのが霊的に理解すると分かります
そうした霊的な感覚の無い、後世のお弟子さんたちが、頭だけで法を理解して、無霊魂説を述べたのでしょう
実際にはお釈迦様はこの世の苦しみの原因のみならず、この世とあの世に通じた不幸の原因を究明して、それを抜ける方法を述べていたのです
二千五百年前に説かれた真理は、現在もまた真理であると思います
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