年末に読み始めたドン・ウィンズロウ「犬の力」(角川文庫・上下二巻)を読み了える。
興奮がまだ醒めやらない。
これほど面白い小説を近ごろ読んだ記憶がない。
物語は1975年に始まり2004年に終わる。
アメリカ大陸の麻薬利権をめぐって展開する、30年にわたる血腥い物語だ。
主人公はアート・ケラー。
アメリカ人の父親とメキシコ人の母親のあいだに生まれたハーフの合衆国麻薬捜査官(元CIA職員)。
そしてアートの旧い友人であり、
メキシコの麻薬カルテルの大立者にのし上がることで運命的な対立をすることとなるアダン・バレーラ。
ヘルズキッチン(マンハッタンのウェストサイド…あの「ウェストサイド物語」の舞台)で生まれ育ち、
ひょんなことからマフィアと結んでアイルランド系社会の顔役に成り上がり、
後に南北アメリカ大陸を股にかけた「殺し屋」として頭角を現すことになるショーン・カラン。
そして、アダンとカランがともに愛する高級娼婦のノーラ・ヘイデンを軸に展開していく群像劇である。
麻薬(コロンビアからメキシコを経て合衆国にもたらされるコカイン)をめぐる利権争奪の背景には、
ニューヨーク・マフィアの覇権争いがあり、
中南米の共産勢力との暗闘に明け暮れるCIAの謀略があり、
さらにメキシコ政府の腐敗、ヴァチカン(ローマン・カトリック教会)の思惑、
冷戦時代のアメリカ政府の世界戦略があることが明らかになっていく骨太の構成が面白すぎ、凄すぎる。
副大統領時代のジョージ・ブッシュ(パパ・ブッシュ)がトンデモナイところに絡んできたりして、
おいおい、こんなこと書いてホントにいいのかね…と心配になるほどだ。
こうした物語の要ともいうべき存在としてウィンズロウが生み出したのがサル・スカーチという人物で、
「共産主義者を一人でも多く抹殺することが神の思し召しに適う」と考える敬けんなクリスチャンであり、
アメリカ軍特殊部隊の大佐にしてCIAの工作員、そしてマフィアの現役幹部でもある。
中南米から共産勢力を一掃するという使命感に駆られたこの人物は、
あるときはアダンらの麻薬カルテル(「盟約団」)と共闘し、
またあるときは逆にアダンの命を狙って策動する。
このヌエのような、あるいはメフィストフェレスのような人物が暗躍するにつれて、
主人公たちの人生は翻弄され、捩くれ、そして夥しいほどの屍を生み出すことになる。
この人物を造型し得たことで、ドン・ウィンズロウは八割がたの勝利を握ったと云えないだろうか。
これはミステリの範疇を超えて、
アメリカの闇の叙事詩とでも云うべきスケールを持った作品である。
時代の推移につれて登場人物のほとんどが無残かつ無意味な死を迎えるというドラマツルギーは、
我が「仁義なき戦い」シリーズとちょっと似ているかもしれない。
必読、である。ぼくが責任を持ってお奨めする。
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