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中標津で東京から飛んできた妻と合流し、養老牛温泉に泊まった。
養老牛は摩周湖の裏側に位置する山あいの温泉で、
渓流に沿って三軒か四軒の宿が建ち並ぶ、ま、一種の秘湯である。
宿は「湯宿だいいち」で、
ここは源泉かけ流しのお湯がよく食事も美味しいので、
ぼくたち夫婦の大のお気に入りである。
日本中の温泉街が震災以降は閑古鳥が鳴いているというが、
この宿はいつものように満員で、
昨夜も「個室露天風呂つき」の一番いい部屋しか空いていなかった。

上の写真が件の個室露天風呂だが、
渓流に臨んだ二階にあって木の浴槽が落ち着いた雰囲気。
湯温は大変熱く、
草津温泉のように櫂で湯を揉んでからでないと入れない。
せせらぎの音を聞きながら湯浴みすると、
身も心もリラックスできて、体がぽかぽかとほとまる。
(「ほとまる」とはいい言葉だと思うのだが、北海道方言だろうか?)
この宿は大浴場も川沿いに露天風呂があってとてもいいが、
昨夜は夫婦とも部屋を出る気を失ってここで入浴を繰り返していた。
(ぼくは夕方に二度、深夜一度、朝に二度の五回入った。妻は四回。)

この部屋は夕食も部屋で供される。
地元の食材を中心にしたメニューはいつもながら美味しく、量も多い。
前付けのひとつにヤマベの甘露煮が出て、
チョイスできる刺身は夫婦ともヤマベの生き造りを選んだ。
蒸し物がサクラマス(ヤマベの降海型)の蕗の葉蒸しで、
やはり選べる焼き物は、ぼくはヤマベの串焼きにした。
(妻はカスベの一夜干し…一口もらったが、これもなかなか美味。)
ご飯がヤマベの姿寿司(頭も柔らかく食べられた…写真中)だから、
さしずめヤマベのフルコースである。

満腹して寛いでいると、9時頃だろうか、
フロントから電話があって「いまシマフクロウがきています」という。
露天風呂のところに出てみると、
目の前の生け簀に確かにシマフクロウの姿があった。
シマフクロウは翼を広げると2m近くなる巨大なフクロウで、
北海道に棲息しているのは僅かに130羽前後という絶滅危惧種である。
アイヌ語でコタンコロカムイ(村を・守る・神様)と呼ばれ、
アイヌ民族の最高のカムイ(神・精霊)として崇められてきた。
ぼくは野生の個体を見たことがあるが、
こんなに近くで見たのは初めてのことである。
露天風呂はシマフクロウ見物の特等席でもあったわけだ。

慌ててカメラを持ち出して撮影を試みたが、
水中で使った90mm(35mmフィルムカメラ換算)の中望遠レンズは、
すでに羅臼から東京に送り返しており、
35mmの単眼レンズが付いたFujiのFinepix X100しか手許になかった。
内蔵ストロボは当然届かないから、
感度をASA5000まで上げてかろうじて撮影したのが下の写真である。

しこたま酒(根室の「北の勝」)を飲んでいたので酔って寝て、
深夜一時頃になって目を覚ましてまた風呂に入った。
熱い湯に浸かっていると、
せせらぎに混じって特徴あるシマフクロウの声が聞こえる。
眼鏡をかけて出直してみると、
果たして再びカムイが降臨あそばしている。
素っ裸のまま、飛び去るまでじっと眺めていた。
一晩に二度、コタンコロカムイの姿を拝めるなんて…いい夜だった。

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