フォステクスのスピーカーを買った。
PM0.3という汚染物質の弟分みたいな型番だが、
アンプ内蔵型の小さなスピーカーで、
ヨドバシカメラの価格で8600円という安さ。
ぼくはポイントが使えたので
6600円で手に入れることができた。
棚の上においてある黒いスピーカーである。
新しいスピーカーを買ったのは、
それまで使っていたものが壊れたからだ。
ちょっと古い話になるが、
去年の暮れ、
入院生活を終えて部屋に帰ると
愛用のスピーカーMarty101が壊れていた。
(床に置いてある白い筒状の物体がそれで、
スピーカー・ユニットが上向きに付いている。)
左側の音がビリビリ震えて耳障りな音を出すのである。
妻が掃除をするときに
誤まって棚から落としてしまったに違いない。
本人は否定し冤罪を主張しているが、
ポルターガイストが騒いだのでもない限り、
他の要因は考えられないではないか。
Marty101は
オンキョーの技術者だった由井啓之氏が提唱する
タイムドメイン理論に則ったスピーカーで、
ぼくは奈良まで由井氏に会いに行ったことがある。
(技術力はあるが金のない零細企業の取材だった…)
独身時代、
ぼくがメインで使っていたスピーカーは、
タイムドメインのフラグシップ、Yoshii9である。
アンプ付きとはいえ、
30万円もする高価なスピーカーだ。
ところが、結婚後、
妻が掃除をしていて
スピーカーコードをクリーナーに吸い込んでしまい、
無理やり引き剥がそうとして断線させてしまった。
妻は由井氏に何か含むものでもあるのか。
当然、ぼくは怒ったが、
妻は非を認めようとせず、
逆にこのスピーカーは邪魔になると怒り始めた。
このあたり、強情なB型女の面目躍如である。
Yoshii9は壁から離して設置するタイプで、
高さおよそ1mの2本の白い筒は
リビングルームで浮いた存在になっていたから、
妻の言い分もわからないわけではなかった。
これを千載一遇のチャンスと捉えたのか、
妻は強硬にYoshii9の放逐を主張し始めた。
B型女は言い出したら聞かないし、
ぼくは家庭内で決定力を欠いている。
哀れ、由井啓之氏渾身の銘器は都を追われ、
釧路の別宅の二階で余生を過ごすこととなった。
そのときにYoshii9の後釜として
ぼくが導入を主張したのがフォステクスだった。
フォステクス(会社名はフォスター電機)は、
ぼくが若い頃は
自作スピーカー用の
ユニットを作るメーカーとして知られていた。
というか、その印象しかなかった。
ぼくには
かなりのオーディオマニアだった時期があるが、
正直いってフォステクスは眼中になかった。
当時はスピーカー・システムの製造自体、
ほとんど行なっていなかったのではないだろうか。
OEMとして、
世界の名だたるオーディオ・メーカーに
ユニットを供給していると知ったのは後のことだ。
ぼくがフォステクスの印象を一新したのは、
NHKのスタジオ用モニターとして採用されたのが
きっかけだった。
ある日、MAスタジオ(ミキシング室)で、
見慣れないスピーカーが
素晴らしい音で鳴っているのに気がついた。
近づいて「フォステクス」のロゴを見たときには
ちょっとした衝撃を受けた。
あの地味臭いメーカー(失礼)が
これほどの製品を作れるのかと驚いたのである。
ぼくが若い頃のNHKのモニターといえば、
ダイヤトーン(三菱電機)の2S-305だった。
実に無骨な、愛想のかけらもないデザインで、
「アラ探し用のスピーカー」と言われながらも、
それはなんとも魅力的な音で鳴っていた。
2ウェイで、決してワイドレンジではないが、
人の声を中心とした帯域の音をしっかり聴かせた。
アコースティックな楽器の表現にも優れ、
ギターの弾き語りなどゾクっとする魅力があった。
ぼくはこのスピーカーが好きだった。
新しいフォステクスのモニターは、
もちろん現代的なワイドレンジ型だとしても、
やはり、音楽の核になる中域を大切にしていて、
がつんとした手応えとともに聴かせてくれた。
モニターだから原音に忠実なのだろうが、
決して痩せてはいない、一本筋の通った音だった。
そんなわけで、
ぼくはフォステクスの熱烈なファンになった。
シグマのカメラを愛する気持と似ているかもしれない。
ともに誰もが知る大企業、有名メーカーではないが、
こだわりの技術力で独自の地位を確立している。
ぼくはこうした企業が好きだ。
もう一度人生をやり直す機会があったら、
こんな会社で働いてみたいと思うほどだ。
結局、
Yoshii9の後釜として
フォステクスのスピーカーを買うことはなかった。
木目調のデザインが部屋に合わないと
妻に提案を却下されてしまったのである。
こう書いてくると、
ぼくが家庭内において
何の発言力も持っていないことがよく判る。
情けなくて涙が出そうだ。
で、デンマーク製のDALIを買って、今日に至る。
今回は、当初フォステクスを買うつもりはなかった。
フォステクスが
こんな安い価格帯の製品を
出しているとは思わなかったこともある。
インターネットで
別のスピーカーに目星をつけて試聴しに行った。
値段は倍くらいする製品だが、
店頭で試聴する限り、聴ける音ではなかった。
いくつかのスピーカーを聞いてみたが、
どれもオモチャとしか思えない音だった。
音の芯が貧弱だったり、
徒らに高音と低音を誇張した
いわゆるドンシャリ型だったりした。
そんななかで
ダメ元のつもりで聞いた安いフォステクスが、
一番いい音を鳴らしていた。
少なくとも、フォステクスからは、
確かに「音楽」が聴こえていたのである。
繊細で臨場感に優れた
タイムドメインとは全く異質の音だが、
どっちも「あり」だとぼくは思っている。
買って帰ってすぐにセッティングしたが、
いまのところまだ思うような音では鳴っていない。
しばらくエージングしなければダメなのだろう。
あるいは、棚の箱鳴りを防ぐために、
下にインシュレーターでも敷いた方がいいのか。
6600円でしばらく楽しめるのであれば、
実に安い買い物だったといえるかもしれない。
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