人は誰からも愛されていないと嘆くことがあります
どうしてそのような思いに至るのでしょう
それは自分のことが理解されていない、分かってくれないと感じる時ではないでしょうか
人は、他の人から理解されないとき、自分は愛されていないと感じろことがあります
特に親しい間柄であったり、親兄弟などの身近な間柄であるほど、理解されない時の悲しみは、大きなものとなり、ついつい相手を非難してしまうのではないでしょうか
誰か相手に対して、自分のことを分かってくれていないと感じる時に、怒りや悲しみが沸き起こる時があります
自分がこれだけ苦労しているのに、家族や周りの人は分かってくれていない
自分の気持ちを理解してくれず、気づいてくれない
そうした想いを抱いたことがきっとあるでしょう
相手を愛するとは、理解してあげるということでもあります
どれだけ人を理解したかによって、どれだけ人を愛したかということとなります
愛するとは、理解することです
いま世界では様々な悲しい事件が起こっています
宗教を異にした者へのテロであったり、人種の違いによる事件であったりします
これらはお互いに理解しえない部分から、増幅していった誤解によるものも多くあります
世界にはまだ愛が足りません
愛の絶対量が不足しているため、様々な悲劇が地球では引き起こされているのです
その愛とは、相手を理解しえていないと言い換えることもできます
世界では、まだまだ人への理解が足りていないのです
異民族や、文化を異にする人々への理解に限らず、隣人に対しても、いまだに理解し、分かり合えることが少ないのです
愛深きものとなるためには、もっと人を理解する努力が必要です
どうして人がその用の行動をとるのか、どうしてそう思うのか、単に否定するのみならず、深く理解していこうとする、不断の努力が必要なのだと思います
どうか、相手を理解する努力を続けるように、世の中に理解と愛が増えていくよに願います
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