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今夜はちょっと贅沢をしようと、
夫婦で銀座に出て「小笹寿し」の暖簾をくぐった。
この店に来るのは七年ぶりである。
前回は当時中学二年生だった息子を連れてきて、
雲丹だの鮑だのばくばく喰われて夫婦とも生きた心地がしなかった(笑)。
こいつには回転寿司で充分だという話になって、
比べれば値段の安い下北沢の「小笹寿司」に行くことはあっても、
銀座からはすっかり足が遠のいていたのである。

銀座「小笹寿し」の主・寺島和平さんは、
下北沢の先代、岡田周蔵さんの下で修業していた方。
見るからに頑固おやじ風だった岡田さんに比べて、
同じネタを使いながらも優しく繊細な寿司を握るのが持ち味だった。
十八年前に暖簾分けのかたちで「小笹寿司発祥の地」の銀座に店を出した。
下北沢時代には持ち前の繊細さが線の細さに感じられたりもしたが、
自分の店を持ってからは個性に磨きをかけ、
「小笹」の伝統を受け継ぎながらも師匠とはひと味違う寿司を完成させた。
いまや江戸前寿司を代表する名人であり、名店である。
(ガイドブックなどでは常に最高の評価を得ている。)

かつてぼくらの肝を冷やさせた息子も、いまは二十歳の大学二年生。
最近では友だちや女の子とのつきあいが優先で、
土曜日の夜に親と一緒に食事をすることはめっきり減った。
これを幸い(?)、
ぼくも転勤が決まったし、ボーナスも出たというので、
夫婦で久しぶりの贅沢を楽しもうという話になったのである。

久しぶりに会った寺島さんは、ちょっと太って、貫録が出てきた。
かつてもそうだったように、まず酒を「人肌」で注文。
つまみはお任せにしたのだが、
まずは平目の昆布〆、
そしてぼくの大好物で、小笹一門伝統の逸品である小鰭。
さらに、カワハギの薄造り(肝醤油)にゴマフグの白子を炙ったもの、
これも伝統の穴子のキジ焼き、身がふっくらとして味わい深い蒸し鮑…。
次々に出してくれる肴はどれも絶品、
実に美味しく、しみじみと味わい、そして感動する。
寿司は、ぼくはいつも小鰭から食べることにしている。
ぼくの好みを憶えていてくれたのか、
この店の流儀でもあるのかもしれないが、黙っていても小鰭が出てくる。
一貫はそのまま、もう一貫にはおぼろが載せてある。
小鰭の〆具合が淡いのが小笹一門の特徴だが、多少深くしたかな。
ご覧の通り、色あいにも深みがあって美しい。
妻はつまみだけでけっこう満腹したらしく途中でギブアップしたが、
ぼくは一通り握ってもらったうえで最後にまた小鰭を注文した。
これもいつものやり方、
寺島さんが思わず笑って、
「相変わらずですね。私など最近は食が細くなってしまって…」と云った。

心の底から満足をして、妻と地下鉄の銀座駅まで歩く。
おいしそうなワッフルがあったというので、妻が買って食べ始めた。
「さっきはもうこれ以上食べられないって言ってただろ」と詰問すると、
「甘いものは別腹だよ」と平然としている。
こういう女性の食欲は、ぼくには理解不能である。
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