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伊那の夜に「おたぐり」を喰らう


空前ともいうべき不況下、
中小零細企業の現状を探るために、
地元のA信金、
経営コンサルタントのV社の協力を得て、
月に二回、長野県の伊那市に通っている。
今日は早朝に立ったV社のメンバーより遅れて、
午後、新宿からの高速バスで伊那入り。
バスターミナルからホテルに歩く途中で、
居酒屋の看板に
「馬刺し、おたぐり」とあるのを発見した。
「おたぐり」とはなんだろう?…
酒場の看板にあるからには
酒の肴の類いには違いあるまい。
酒呑みにとって、
旅をする愉しみはこういうところにある。
ホテルの女将さんに訊くと
「バの内臓です、おいしいですよ」という。
「バ」はもちろん「馬」のことに違いない…地元ではこういう呼び方をするんだ。
してみれば、「おたぐり」とは「馬のホルモン」だということになる。
親切な女将さんがお奨めの店を教えてくれたが、それがちょうど、ぼくが看板を見た店「千田」だった。

20時過ぎに訪ねた「千田」は客が一人もおらず、
おばあちゃんが一人、安楽椅子に腰かけてテレビのオリンピックを見ていた。
いきなり「どちらからおいでですか?」と訊かれたところをみると、
この街とは違う空気を引きずってきたのだろう。
さっそくカウンターに陣取ったが、店内のどこを見ても品書きがない。
もとより目的ははっきりしているので、ビールと「おたぐり」を注文する。
さして待たせることもなく出てきたのは「バ」の内臓の味噌煮込みで、記念に一枚ぱちり。
iPhoneの内蔵カメラで撮ったのでちょっとピンボケだが、上の写真である…なかなか美味しそうだ。
使っているのは馬の腸の部分だというが、牛の腸、豚の腸に比べて肉厚である。
口に入れると軽い歯応えがあって、硬すぎず柔らかすぎず、なかなか絶妙の具合だ。
味噌を使っているからだろう、臭みは全くない。
もつ煮込みやホルモン焼きの類いが大好きなぼくには堪えられない酒の肴だ。

街を歩くと駅前に数軒「さくら鍋」の看板が見えるから、伊那の人たちは馬肉を好むのだろう。
「千田」は知る人ぞ知る地元の有名店らしく、
三重から来たという数人の男たちがホテルで聞いたと云いながらどやどやと入ってくる。
ぼくが泊まっているのとは別のホテルである。
男たちが注文するのにあわせて、ぼくも馬刺しを注文する。
繊細なまでに薄くスライスされた赤身の肉は、
ぼくがいままでに食べた馬刺しのなかでも特上の美味しさだった。


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