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退院した当日から職場に出ている。
ただし、仕事は忙しくない。
当面の仕事はすべて外してもらっていたからで、
年末年始、
さらには2回目の3.11を前にみんな忙しくしているなか
一人だけ呑気にしているのは気が引けるが、
こればっかりはやむを得ないと図々しく構えている。
(病気の前から鉄面皮だったという説も一部にある。)
後述する理由で出勤は午後、
来年度放送の番組の準備を気長に進めている。

さすがに腹を切った跡が鈍く痛むが、体調は悪くない。
昨日から腕立て伏せと腹筋を再開したが、
(スクワットは入院中からある程度やっていた)
入院前は毎日70回を目処にしていたのが、
休み休み50回前後にペースダウンせざるを得なかった。
ベルトのバックルが傷口に当たると痛いので、
サスペンダーを買った。
同じ理由でジーパンをはく気にならないので、
柔らかい普段着のパンツを買う必要がありそうだ。
病気をすると何かと物入りである。
主治医に「食べ過ぎ厳禁」を命じられているので、
どうしても消化器官と向き合った生活になる。
食前食後に薬を飲み、少食を心がけ、排便に留意する。
トイレは昨日は4回で、
この程度ですむなら仕事に差し支えはなさそうだ。

しかし、新たに浮上してきた問題点は
妻が俄然として口うるさくなったことである。
それでなくても小言が多かったところに、
ぼくの健康維持という大義名分を得て
生活指導に拍車がかかったから堪らない。
箸の上げ下げまで細かく指示されて、
なんだか母親が一人増えた気分だ。
退院して自宅に帰って冷蔵庫を開けたら、
常備菜にしていたイカの塩辛が捨てられていた。
豚タンや砂肝を漬け込んで酒の肴にするため
あらかじめ三杯酢を作っておいたのも消えている。
酒が進むようなものは好ましくないというのである。
亭主の病を千載一遇の機会と捉えて、
支配権の拡大をもくろむ
妻の帝国主義的野望は誰の目にも明らかである。

朝、起きると、
腸の動きを活発にする漢方薬の「大建中湯」を服用し、
妻が煎じておいてくれた「冬虫夏草」を温めて飲む。
免疫力を高めるためだそうで、
芋虫と、虫から生えたキノコの部分も残さず食す。
それほど美味しいものではない。


朝めしは、妻の命に従い、
バナナ、ミカン、ヨーグルト&ゆで卵。
それに入院前からの習慣で黒ニンニクをひとかけら。
キムチや明太子、冷奴などをおかずに、
どんぶり飯を喰らっていた生活は過去のものとなった。
食後に胃腸薬と高血圧の薬を飲む。

昼は外食するとどうしても量が多くなるので、
妻が作り置いていったおかずを温めて自宅でとる。
ぼくにはこだわりがあって土鍋でご飯を炊くのだが、
入院前は二食分で1合半炊いていたのを1合に減らした。
ゆっくりと噛みしめて、時間をかけて食べる。

夜は外食、ないしは自宅で晩酌。
もともと酒があれば大量には食べない性質だし、
居酒屋なら注文する肴の数を減らせばいいから楽だ。
(この点では財政面での波及効果も期待できる。)
ただ、妻は「酒は2合以内」と厳しい。
3合までベースアップを勝ち取るべく交渉中だが、
いまだ妥結には至っていない。
昨夜は自宅で、
後輩たちが病院に差し入れてくれた
「乾坤一 中取り大吟醸原酒」の封を切った。


肴は買ってきた刺身2種に
妻の作り置きの肉ジャガを温め直し、
海老団子と白菜の煮物、ほうれん草の残り物。
これでもちょっと食べ過ぎたかもしれない。
食べている(飲んでいる)さなかも
妻から監視のメールが入る。
「2合しか飲まない」というのに
「1合で充分」などと情け容赦がない。
彼女には“惻隠の情”がない。
酒飲みの気持を理解する気があるとは
とうてい思えないのが問題である。
もっとも、たった2合でぼくは酔ってしまい、
食器も洗わないまま
早々にベッドに潜り込んでしまったのであった。

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