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ぼくがアベノミクスを信じないワケ

きのうは一日雨に降りこめられていた。
きょうも午前中は雨。
午後になってようやく止んだので買物に出た。


雨が上がったとはいっても
釧路特有の「じり」(霧雨)で、
風景はどこかしら陰鬱さを湛えている。
その所為か、
シャッターを閉ざしたままの店、
見捨てられたような廃屋がいつに増して目についた。


いまから30年前…ぼくが若かった頃、
釧路には「まがりなりにもデパート」が三軒あった。
いまは一軒も残っていない。
デパートの建物は使われないまま放置されており、
その周辺にはシャッターを下ろした店が軒を連ねる。
全国的に街の空洞化現象が叫ばれて久しいが、
釧路はまさに極北の姿を晒している。
この風景をみた誰もが
20万都市の中心街だとは俄に信じられないだろう。



釧路の街が衰退した理由ははっきりしている。
基幹産業が壊滅したからだ。
ぼくが若かった頃(1980年代初頭)には、
「曲がり角に立つ北洋漁業」だの
「曲がり角に立つ大型酪農」だの
「曲がり角に立つ工場誘致」だの
そんな題名の番組ばかり作っていたような気がする。
一度東京に転勤して、
1988年、バブルに湧く東京から札幌に戻ってきたときには、
北海道の地場産業は
すでに「曲がり角」を曲がった後だった。
釧路について言えば、
北洋漁業は二百カイリと乱獲で見る影もなく、
製紙工場も長期構造不況のなかで苦しんでいた。
周辺の農村地帯では、
大型化・機械化して「アメリカ型酪農」を目指す国策が
ものの見事に失敗したツケが誰の目にも明らかだった。
石炭産業は当時まだどうにかなっていたが、
それもやがて閉山を迎えることになる。
地場産業がすべてダメになって、
それでも街が元気でいられることなどあり得ない。
現在、釧路市民の生活保護受給率は、
大阪と並んで全国でも最高水準となっている。

ぼくは東京でバブル経済を取材して、
バブルのさなかに北海道に転勤したから、
この国の「経済」のありようがよく見えた。
昨今は「バブル」を知らない人が増えているから
誤解のないようにはっきり書いておく。
バブル経済の“恩恵”を受けたのは
東京と大阪、名古屋などの大都市圏だけである。
バブルの引き金を引いたのは
アメリカの要請によって行われた
中曽根政権の「内需拡大」政策だが、
日本の「モノ作り」基地だった地方経済は、
釧路のみならず、基幹産業の崩壊に直面していた。
いくらお金をじゃぶじゃぶにしても、
そうした状況で「実需」が生まれるはずもない。
結果、あり余るマネーは土地や株の投機に向かった。
実体経済に関わりなく、
思惑が思惑を呼んで土地は高騰し、株も値上がりした。
そうして、当然ながら、数年後に弾けた。

バブル経済は、地方にはリゾート開発の形で波及した。
国が「リゾート法」を制定して道筋をつけ、
大都市圏でこれ以上行き場を失ったマネーが
「リゾートという名の不動産ビジネス」に流れ込んだ。
荒唐無稽なリゾート計画が作られた瞬間、
二束三文の原野や離農跡地、山林が
数十倍の値をつけたのである。
しかし、
原野に蠢いていたのは実体のない「思惑」だけだった。
当時の(現在もだが)日本人の労働時間は長く、
バブルによる土地の値上がりの結果、
重い住宅ローンを背負わされた身になってみれば、
ゴージャスな長期休暇など夢のまた夢である。
全国津々浦々に張り巡らされたリゾート計画に見合う
「実需」など存在するはずもなかった。
取材を続けながら、
こんなことが続くはずがない、
これは酷いことになると確信した。
自分の先見の明を誇るわけではないが、
当時のリゾート計画は一つ残らず(!)失敗した。
その後には、
リゾート開発という“虚業”に雪崩を打った挙句、
衰退していた基幹産業にとどめを刺され、荒廃し、
もはや回復不能にまで落ち込んだ地方経済が残された。

確認しておくが、
日本経済の衰退ないし縮小は
バブル崩壊から始まったわけではない。
少なくとも地方においては、
バブル以前から既に不可逆の趨勢だった。
高齢化と過疎化はすでに深刻な問題となっていた。
農業は生産性において国際競争力を持ち得るはずもなく、
スローフード運動によって問題提起されたように
そもそもそうした方向を目指すべきものでもなかった。
都市圏に比べて賃金が安いことで成り立っていた工業は、
より労賃の安い海外(アジア)に置き換えられた。
「地方」は日本国内における第三世界であり、
グローバル化した企業にとって
それはいつでも海外に代替可能だったのである。

バブルの当時、
日本はオレンジと牛肉の輸入自由化を迫られており、
消費者の多数意見は
「安全なら安い海外産の方がいい」というものだった。
ぼくは苦々しい思いで
消費者の声を伝えるテレビニュースを見ていた。
農業の自由化問題では当事者である農家は少数派だが、
「(コストは)安い方がいい」という同じ理屈が
工業など他の産業にも波及するのは時間の問題だった。
土地が高い日本でモノを作る必要はない、
人件費が高い日本で作ったのでは国際競争に負ける…
そうした話になるのは目に見えており、現にそうなった。
寂れていく地方の現場にいながら、
ぼくは歯がみする思いでいた。
個人商店主だったり工場労働者だったり、
問題によってその都度「当事者」は異なるが、
常に「当事者」は少数派であり、切り捨てられた。
日本社会の貧困化のループが始まっていた。

思えばバブルが崩壊した時点で、
日本人は気がつくべきだったのである。
人件費の高い日本でモノを作ることは確かに非効率だが、
その高い人件費で生活しながら効率化を求めるのは
蛸が自分の足を食うような話である。
「情報化」だの「高付加価値化」だの
日本経済の構造改革の必要を叫ぶ学者もあったが、
肝心の「生産」が衰退してしまえば
「付加価値」などいくら大きくしたところで、
それで1億人が食べられるはずがないではないか。
ぼくは北海道にいながら冷ややかに日本経済を見ていた。
日本は都市と地方に二極分化しつつあった。

「失われた十五年」だの「二十年」というが、
いま起きていることは、
高齢化に伴う社会の衰退や、
生産の空洞化に伴う経済の縮小が、
地方から大都市圏にも波及したというだけの話である。
福祉の手厚い支えがあるわけでもないまま
高齢化の一途をたどる社会には「不安」が充満している。
それに加えて生産の空洞化、
そこから派生する労働の非正規化(低賃金化)のなかで、
新たな需要など生まれるはずもない。
経済が長期にわたって停滞を続けているのは当然である。
なんのことはない。
1980年代の「地方」の現実が、
ようやく「全国化」したのである。

そこに、アベノミクス。
生産現場が疲弊しているところに
お金だけをじゃぶじゃぶにしたらどうなるか。
いくら金利が下がったとしても、
それだけで企業が資金を借りるはずがない。
生産と消費の先細りを実感しているはずの企業は、
設備投資には慎重にならざるを得ないからだ。
行き所のないマネーは土地取引や株に流れ込むしかない。
いつか来た道、である。

いま、乱高下を繰り返しながらも株は上昇基調にある。
安倍政権が誕生した昨年末以来、円安は一気に加速した。
アベノミクスは
確かに一定の効果を発揮しているように見える。
しかし、その恩恵を受けるのは誰か?
いうまでもない。
資産を投資に振り向けるだけの余裕を持った者たちだ。
外国人投資家と、日本の一部の富裕層。
円安によって輸出企業の経営は好転したが、
それに見合う賃金の上昇は起こっていないし、
一部の大企業を除けば、
結局、賃金の上昇はないだろうとぼくは見ている。
利益の大半は
日本企業伝統の「内部留保」と
外国人投資家が求める「株主還元」に消えるからだ。
従って、日本国民の大多数にとっては、
円安は生活必需品が値上がりするだけの結果に終わる。
当然、生活は苦しくなり、
消費はますます萎縮し、経済の衰退に拍車がかかる。
つまり、
アベノミクスは日本経済の再生にはつながらず、
「より豊かになる者」と「より貧窮化する者」とに
社会を両極化していくだけの結果に終わる。
都市と地方とのあいだに明確に存在した格差が
都市住民をも巻き込むかたちで深化していったのは
小泉首相時代の「構造改革」によるものだが、
アベノミクスはそれを
さらなる格差社会に向かって構造化するのである。

ぼくは30年以上にわたって
取材を通して地方の経済や社会を見つめてきた。
そうしたなかで確信しているのは、
地方で傷口を開いた社会矛盾は
遅かれ早かれ大都市にも及ぶということだ。
地方は云わば「炭坑のカナリア」なのである。
株価や為替レートの変動を
一喜一憂するように伝えるマスコミを斜に見ながら、
政治家も経済学者も何も解っちゃいねぇ、
同じ過ちを何度繰り返せば気がすむのかと、
北海道の田舎町でぼくは気難しく呟いているのである。







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