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奥さまはフィリピーナ...か? その4「神さまの思し召し」


前回の続きです。

初めて会った時の家内は、三十を少し過ぎたぐらい。童顔で、高校生と言っても通るような風貌でしたが、フィリピンの東大とも言うべき、フィリピン大学を卒業し、そのまま大学院を経て大学に残り、研究員をしているという「超」インテリ。

あまり結婚願望もなかったようで、叔母のミス・ママがどうしても会ってみろと勧めたから、仕方なく...というのが正直なところだったようです。

ところが話をしてみると、妙に波長が合う。どんな会話だったか詳しい内容は覚えていないものの、仕事のこと、趣味のこと、好きな音楽のこと。話題が途切れることがなく、相槌を打つポイントが感覚的にピッタリと一致。国籍の違いをまったく意識しなくてもいい。「映画を見て、同じタイミングで笑う」という例えがありますが、ちょうどそんな感じ。日本人同士でも、初対面では、なかなかこうはいかない。

というわけで、ちょっと悔しいけれど、ミス・ママの企みに見事にハマってしまいました。

後から思えば、まさしく「神さまのお導き」のように出会った、フィリピン人の家内。頑張って英会話を勉強したから、海外業務に抜擢され、海外の仕事に就いたからフィリピンに渡り、フィリピンに渡ったからフィリピーナの魅力を知り、そのために悩み、悩んだからカトリック教会に救いを求め、教会に行ったから新たな出会いがあり、その出会いがあったからネグロス島へ...。

こういうのを「赤い糸」と言うんでしょうか? どこか一箇所でも糸が切れてたら、家内とは会えなかったし、ネグロス島への移住もしていない。そして日比ハーフの息子も、この世に生を受けなかった。実は一番悩んでいた頃、マニラのホテルの一室で神さまに祈ったことがありました。

まだ教会の門をくぐる前。あんまり辛いので「神さま、どうか助けてください。もし助けてくれたら、毎週教会に通いますから」と3時間ぐらいも祈り続けたと思います。あんなに一生懸命祈ったのは、後にも先にもあの時だけ。しかもクリスチャンにもなっていないのに...。

そんな虫の良いお願いにもかかわらず、神さまは、たちどころに私の祈りを聞き入れて下さったようで、1年もしないうちに、私は生涯の伴侶に巡り合ったのです。まったく想像もしなかった経緯で。それからというもの、にわかに信心深くなった私。家内に会った数日後、ミス・ママの強引な勧めもあって、バコロドの教会でカトリックの洗礼を受けることになりました。

ところが神さまも、これでは簡単すぎると思し召したのか、結婚までは、これまた平坦ではない道程が。次回に続きます。


最初に貰った家内の写真
今でも財布に入れて持ち歩いてます



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