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私は「民度」という言葉が大っ嫌いです。
ここ何年か、やたらとネット上で使われるようになりました。それも日本人が外国人の悪口を言う時の常套文句。おそらく一番頻繁なのは、中国や韓国の人々を侮蔑する書き込みの中でしょう。さらには、フィリピン人配偶者がいたり、フィリピンに住んでいる日本人でさえ、この言葉を使ってフィリピン人を見下したり。

「民度が低い」なんて簡単に書きますが、「民度」とは実に意味や定義があいまいな言葉。行儀や礼儀作法とか、役所の対応、教育レベル、果てはインフラ整備具合にまで、日本と比較して劣っていると感じたら、何でもかんでも「民度が低い」。

たまたま旅行先で見かけた、ゴミのポイ捨てや列への割り込み。その当事者が日本人でないと知ったら、まるで鬼の首でも取ったかのように「奴らは民度が低い」となる。13億5千万の中国人、5千万の韓国人、そして1億のフィリピン人を、自分が見た範囲のサンプル数だけで一括りにする、この傲慢さは何なんでしょう。

そもそも日本人って、そんなに民度が高いのか。
公共のマナーがいいというのも、人によって全然違います。人ごみの中でくわえタバコする人、今でもいますよ。以前そんなアホなスモーカーもせいで、右手の甲に火傷したことがあります。

自宅近くの深夜の公園で、タムロして騒ぐ学生に悩まされて、何度も警察に通報したことがあります。車を運転していると、狂ったようなドライバーに出くわすことも。だいたい、駅前など公共の場所が清潔になったのは、バブル期以降。それ以前は、どこでも汚いのが当たり前。高速道路のサービスエリアのトイレの汚さなんて、悪夢のレベルでした。

そして今でも、フィリピンを始めとした東南アジア諸国への、オっさんたちの買春ツアー。私もいい歳をした男なので、一概にそれが絶対ダメだとは言いません。フィリピン経済への一助にもなるでしょう。ただ、徒党を組んで、空港や機内で大声の「武勇伝」を聞かされるのは我慢できません。これが「民度の高い日本人」の姿。日本語を解さなくても、誰が見たって何をしに来たか、丸分かりです。もうちょっとデリカシーを持って行動してほしい。

こう書くと、それは「一部の日本人」であって、大多数の日本人はマトモだと言う人もいるでしょう。でもそれは「一部のフィリピン人」を見て、悪様に書くのと同じだと思いませんか? 思い出してみれば、バブル経済で成金になった日本人が、世界中の観光地で同じように言われて顰蹙を買っていました。

そういうわけで、SNSで安易に「民度」と書く人とは一定の距離を置くのが常。内容によっては一発ブロック。私にとってこの言葉は、対人関係を考える上での、一種のリトマス試験紙みたいなものになっております。


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