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多方面で自動運転をはばかる人間という存在 ~結局、機械が人間を支配する仕組みにしない限り完全無欠な自動運転は無理~


こんなニュースを見かけました。


会員登録(無料)すれば全文見れますが、ざっくり言うと、

  • 各国の協力が不可欠な自動運転の国際ルールづくりが難航。
  • 日本の場合、道交法のもととなるジュネーブ道路交通条約を改正しない限りレベル3以上の実現は難しい。
  • ジュネーブ条約の改正には批准国約100国の2/3以上の賛成が必要だが、そもそも無関心な国も少なくない模様で、改正のめどは立っていない。
  • 主に欧州諸国が批准しているウィーン条約は、すでに改正済み。これを受けドイツはレベル3自動運転が可能となるよう、国内法を改正済み。
  • ドイツは法整備の方はお膳立てができるも、型式認証の基準づくりが間に合わず。この型式認証の基準は国際ルールを前提に作ろうとしていたり、自国企業を有利にしたいがために各国が譲らなかったりで、実現のめどが立たず。
  • アメリカは、そもそも国際ルールづくりに興味なし。というか、トランプ政権は世界がアメリカに合わせるべきという米国ファーストな姿勢があるため、足並みとか平仄を合わせる気はない模様。
  • 日本は積極的に国際ルール作りを働きかけるも、アメリカの非協力姿勢もあって、欧州勢相手に孤軍奮闘の様相を呈している。

といったところ。

思った以上に情勢は苦しいようですね。
オバマさんの時代にもっと進めておけば違ったのかも知れませんが、今となっては後の祭り。
こういう各国での協働と協調が必要なことに対しては、米国ファーストなトランプ政権の時代は停滞するということが顕在化したひとつの例になりつつあるようです。

結局のところ、このように技術面やそのポテンシャルではなく、外交力に依存しはじめている自動運転の未来。
なんとな〜く、暗雲が出始めてきているような気がします。



ただ個人的には、そんな外交に携わる人間以上に、社会の完全自動運転化やその普及をはばかっているのは私達一般人のように思います。

すなわち、人間が自動車の運転の主体となるように整備された法律とそれに基づく物理的なインフラ、そしてそれらを前提とした免許制度、さらには私達の意識そのものが妨げになるのではと思っています。

法律については先述したので割愛。
物理的なインフラについては、信号の状況・歩行者含む他者との位置関係・天候・路面状況・規制情報をすべて正確かつリアルタイムかつ先読みした状態で把握できる通信網の整備が必須ですが、それが完璧に整備される目途は私が知る限りなく。また、完全に対歩行者の事故を防ぐには、電車のホームドアのような物理的なものを設けて歩道のところだけ渡れるようにしないといけないとも思いますが、それこそ困難の極みに感じます。
免許制度では、自動運転に必要な操作や知識を教えるべく、抜本的に内容を変える必要がありますが、じゃあその過渡期はどうするのってのも含めてこれまた難題続出の予感。
そして何より私達の意識ですが、何十年と根付いた運転手の操作による運転を機械任せにするというのは、多くの方にとってかえってストレスにしかならないように思えず、例えるならば職場の公用語をいきなり馴染みのない言語(スワヒリ語とか)にされるのに等しいくらいのことかと思います。

つまりこれって、自動車にまつわることをすべて根底から変えるにの等しいことなんですよね。
特に免許制度や私達の意識は、人に大きく依存するものです。

そんなこと、可能なんでしょうか?
技術の進歩速度がいくら早くても、それ以前から生きてきた人間がほとんどのこの世の中じゃ、人のほうがついていけてない気がします。
これ、根本の部分では先述の国際ルールが難航している要因であり、免許や意識の面では完全なる主原因となるわけです。

言ってしまえば「機会が主で人間は従」という風に自動車や交通に関する仕組みと私達の意識をガラッと変えない限り、完全自動運転化となる社会の到来は難しいと思います。

また、レベル4〜5の完全自動運転なクルマを走らせるには、人間がその意志で運転するような現代のクルマを排除する必要があるようにさえ思えるわけです。
(余談ですが、移行期の手段としては自動運転レベル3以下通行禁止区間というのを設けるのが現実的かなと思っています。)

もうここまで考えた時点で、相当遠い未来のような気がしてきました。
これまで盛んに言われてきた自動運転ですが、現時点ではまだ絵に描いた餅の域を出ませんね。



そんなわけで個人的には、以前から考えている通り、しょせん補助装置でしかない自動運転機能。
もちろん、自動運転した場合のレベルが高ければ高いほど、安全運転をサポートするポテンシャルも高いことに異論はありません。

しかし、最近多い自動運転をあまりにも拡大解釈する風潮(特にやっちゃえなCM)に対しては大いに異論があります。
そろそろ行政指導か何か、メスを入れるべきのように思いますけどね。


そんなわけで、近くて遠い自動運転化社会は、まるで蜃気楼のようだということで締めくくっておきましょう。


んでは!

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