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普段はほとんどテレビを見ないぼくが、
ここ数日はテレビの前に釘づけになっている。
番組作りが追い込みに入っていたのだが、自分の仕事は手につかなかった。

最初に衝撃を受けたのは、
濁流と化した津波が家や田畑、車(や人)を飲み込んでいく空撮映像だった。
あまりの凄まじさに、どこか現実感が希薄に感じられた。
9.11のときに深夜偶然テレビをつけてパニック映画をやっているのかと思った、
そのときに似ていた。
NHKや民放各社の報道によって、
被害は当初の想像以上に深刻で地域も広範にわたっていることが判ってきた。
やがて気になり始めたのは、
何度もダイビングで訪れたことがある
南三陸町(志津川)の情報が全く入ってこないことである。
友人がいることもあって心配でならなかった。
翌日(12日)になって志津川の空撮映像がオンエアされて愕然とした。
病院などいくつかの建物を残して街が跡形もないのである。
その風景は、原爆を落とされた直後のヒロシマの写真に似ていた。
自分が知っている町の変わり果てた姿に、ぼくはまたしても衝撃を受けた。
南三陸町では1万7千人ほどの住民のうち1万人といまなお連絡が取れないという。

ぼくはうちのめされた。
痛ましくて、涙が出そうになった。
いくつかの町が地図から忽然と消えてしまったのである。
犠牲者の数は最終的に阪神淡路大震災を遙かに上まわるだろう。
それに加えて、
福島第一原発の炉心溶融、
建屋の爆発(住民の被曝)という憂慮されていた問題が現実となった。
戦後の日本人が一度も経験してこなかった、
おそらくは想定さえしなかったことがいま起きている。
これは疑いなく、戦後日本を見舞った最大の災害であり、惨事である。

9.11以降の世界がそれまでとは変わってしまったように、
3.11以降の日本はもうそれ以前の日本ではあり得ないだろう。
ぼくはジャーナリズムの世界で生きているので、
ポスト3.11の世界で何を伝えるべきなのかを自らに問わなければならない。
ぼくの仕事はニュース(第一報)ではないので、
事態の推移を追うのではなく、
未曾有の惨事が炙り出した課題を探るのが責務だ。
一貫して「地域の疲弊」をテーマにしてきたぼくは、
疲弊どころか「地域消失」という想定外の事態と立ち向かうことになる。
…だが、いまは、あまりの衝撃の激しさに立ち竦んでいるだけだ。

20日に放送を予定していたNHKスペシャル「生活保護の危機」は、
最短でも一ヶ月間、放送を延期することになった。
当然のことである。
いまこの時点で作れといわれても作れなかっただろうと思う。
大阪での仕事を一度打ち切って、ぼくはきょう東京に帰る。
自分が何をやるべきか、自分に何ができるかを考えなければならない。
だが、それができるところまで立ち直るためには、しばらく時間がかかりそうだ。

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