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出雲湯村温泉「湯乃上館」

きのうは12時30分発のバスで広島を後にして、
木次(現・雲南市)にある出雲湯村温泉に向かった。
南から北へ、山陽路から山陰路へと走る旅である。
赤名峠を越えると、島根県。
それまで坂を駆け上がってきたバスは、今度は下り坂を走り始める。
それとともに、雲が重くなり、小雨がばらつき始めた。
広島はよく晴れて眩しいくらいだったのに。
まさに山「陰」の世界であり、「出雲」の国だ。
この土地に生まれ育ったぼくは
長じてネクラな人間になるよう宿命づけられていたのかもしれない。

出雲湯村温泉は木次の町からタクシーで3千円の距離にあり、
斐伊川をはさんで温泉宿が二軒だけある。
交通の便も悪く、秘湯といえば秘湯だろう。
ぼくたちが泊まるのは「湯乃上館」という古い木造旅館。
建物は明治時代に建てられたものを修理しながら使っているという。

















部屋は二階に和室が5つあるが、
そのうち4部屋は襖で隔てられているだけなので、
いまどきの感覚からいえば他人を一緒に泊めるわけにはいかない。
そのため、一日にとる客は二組と決められている。
こうなると、いよいよ秘湯である。

















「湯乃上館」は家族経営の小さな宿で、
素朴だが、なんとも心落ち着く佇まいが好ましい。
原則として一人客は断っているというが、
8年ほど前になぜか一人で泊めてもらったことがきっかけで、
近隣で仕事のときにはスタッフとともに泊まるなど、
この地方でのぼくの定宿となった。
かみさんを連れてくるのも今回で4回目くらいになるはずだ。
主夫婦には子どもが三人いて
末っ子が今年小学一年生に入ったとか、
柴犬に1/4シベリアンハスキーが混じった犬を飼っているだとか、
(ソフィアという名前で、甘えん坊だがなかなかの美犬だ)
何度も通ううちにだんだんアットホームな関係性ができてくる。

風呂は源泉かけ流しで、
絶え間なく湧いている湯が溢れて斐伊川に流れ込んでいて、
もったいなく感じられるほどの湯量の豊富さを誇る。
特に個性の強い湯ではなく、
冷え込むこの季節ともなればぬるく感じるほどの温度だ。
それでも入浴後はほかほかと内側から温まってくる。
実によい湯である。

















男女別の大浴場もあるが、
ぼくとかみさんはいつも専ら家族風呂に入る。
二人で入るのにちょうどいい大きさで、
窓を開けると、すぐ目の下を斐伊川が流れている。

主が自ら包丁をふるう手料理は、
決して華美なものではないが実にしみじみと美味しい。
山の素材を中心として、日本海の海の幸が混じる。
囲炉裏端で炙って食べる魚は鮎だったり山女魚だったりするが、
昨夜はのどぐろ(アカムツ)だった。

















他の地方ではあまり見かけないが、山陰では特に好まれる魚だ。
市場ではなかなかいい値がついているらしい。
事実、煮ても焼いても旨い魚である。
傘の直径が12~13cmほどもある椎茸も供され、
炭火で炙って食べると、香りが強く、水分たっぷりで実に旨い。

昨夜は初めて割子蕎麦が出た。
「割子」は冷たい蕎麦を円い器に盛って何段か重ねたもので、
出雲地方ではそば粉と薄皮を一緒に引き込むので色が濃く、
太くて腰が強く、風味も強いのが特徴である。
他の地方のように蕎麦をそばつゆにつけて食べるのではなく、
つゆを直接蕎麦にかけて味わう。
薬味は葱と大根おろし、刻み海苔など。
当地出身のぼくに云わせれば、これほど旨い蕎麦の食べ方はない。
湯乃上館で出しているものは
地元で栽培したそば粉十割で打ったものだという。
つなぎを使わなくとも喉ごしは滑らかで、香りが強く、頗る美味。

この宿はご飯(米)が美味しいのも特筆すべきで、
ふだん酒を飲んだ後はご飯を食べないぼくが必ず二杯は食べる。
地元産の仁多米で、
「紙マルチ」で有機栽培した、
つまり、我が家で食べているのと同じ作り方をした米である。
ところが、いつ食べても、我が家で食べるより美味しいのである。
悔しいから、前回来たときだっただろうか、訊いてみたら、
温泉の水(というか湯)を使って炊いているという。
なるほど、残念だが、これでは敵うわけがない。

夜になれば虫のすだく声しか聞こえない静かな宿で、
源泉の湯を心ゆくまで堪能し、
素朴だが旨い料理を食べるのは、まさに命の洗濯である。

きょうは出雲湯村温泉を出て生まれ故郷の松江に入り、
○歳になった妻に瑪瑙(当地名産)のペンダントを買った。
その後は、妻が食べたいという鰻(これも当地名物)、
ぼくが食べたい割子蕎麦と昼めしのハシゴをして(笑)、
夕方のANAで東京に帰ってきた。
明日は東京で一仕事して、
明後日に東大の児玉龍彦先生とともに南相馬に入る予定である。




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