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目が覚めると、窓の外がモノクロームの世界に変わっていた。
雪化粧の立久恵峡は墨絵のように美しい。
時おり、雪が降りしきっている。


バスで出雲市駅まで出て、
駅のコインロッカーにスーツケースを預け、出雲大社に向かう。
大社はいま「平成の大遷宮」のさなかである。


出雲大社の祭神は大国主命。
いつのまにか七福神信仰と混淆して
「ダイコク様」と呼ばれるようになったが、
大和王朝に滅ぼされた出雲王朝の主神であり、
本来は“祟り神”のはずである。
それが最近では「縁結びの神」にふやけて
空港も「出雲縁結び空港」になってしまった。
自称「出雲族の末裔」としては情けない限りだ。

出雲地方の古代はいまだ謎に包まれていて、
梅原猛氏はその著書「神々の流竄」で
出雲は大和王朝との戦いに敗れた
敗残の神々が封じ込められた流刑地だとした。
出雲そのものには古代王朝などなかったというのである。
梅原日本学独特の怨霊史観であり面白かったが、
その後、
1984年に荒神谷遺跡(現・出雲市)から
358本もの大量の銅剣が出土し、
さらに1996年には
荒神谷から3キロ余り離れた加茂岩倉遺跡で
39個の銅鐸が出土したことで、
梅原説は事実をもって覆されることになる。
銅剣、銅鐸ともに一ヶ所から出土した数では日本最大で、
古代出雲における発達した青銅器文化の存在が明らかになって
我ら出雲人は面目を保ったのである(笑)。

荒神谷から出土した358本の銅剣は、
いま出雲大社に隣接する
古代出雲歴史博物館で見ることができる。
同じ形をしたこれだけの数の剣が
整然と並べられ埋められていたという事実は、
出雲族の末裔であるぼくに
滅ぼされた王朝のルサンチマンを感じさせるのであった。

博物館の向かいの店で大好物の出雲そばを食べ、
出雲市駅からJRで山陰線を西に走る。
行く先は日本海沿いの温泉郷・温泉津(ゆのつ)である。


温泉津はリアス式海岸の入江に面する港町。
昔から湯治場として知られたところで、
赤い屋根はこの地方独特の「石州瓦」だ。


温泉街から15分ほど歩いたところに
世界遺産に登録された「沖泊」という浦があり、
昔から変わらぬ海の民の暮らしを偲ばせる。


沖泊の恵比寿神社。
決して豪壮ではないが、古く味わいのある建物である。
遠い昔から海で暮らす人々の安全を見守ってきたのだろう。 

            

同じ島根県といっても、
出雲と、温泉津など石見では言葉が全く違う。
出雲は西日本の言語の孤島で
ここだけは東北に近いズーズー弁を喋る。
(松本清張の「砂の器」にその話が出てくる。)
石見は、広島弁や山口弁にも近い「中国地方の言葉」だ。


温泉津温泉には、いわゆる歓楽街が全くない。
宿は十軒足らずで、如何にもこじんまりと鄙びている。
近くにきれいな海があって、
一本釣りの基地でもあることから魚が旨い。
ぼくのような温泉好きが夢に見るような場所だ。
かつて一度訪れたことがあり、「のがわや」という旅館に泊まった。
正月のことでもあったのだろうか、
和服姿の若い女性が若女将として挨拶に出たが、
そのときの若女将が四十代後半だそうで、
ひょっとしたら二十年も前の話かもしれない。
料理がとても美味しかった記憶があって、
今回も「のがわや」に投宿した。

宿で浴衣に着かえて、歩いて3分ほどのところにある元湯に向かう。


ここは1400年の歴史のある湯で、
脱衣場には湯治にきた有名人の名が貼り出してあるが、
江戸時代のお代官様だったりするので
有り難みのほどはよく判らない。
入湯料は300円。
適応症のなかに「諸手術後の回復」とあって、
温泉旅行の大義名分が立った、しめしめと思う。
その隣に「原爆被爆症」とあるのが、ちょっとドキッとさせる。
浴槽は「ぬるい湯」「熱い湯」と二つあり、
ぼくは熱めの湯が好みなのだが、
まずは遠慮して「ぬるい湯」に入る。
…ちっともぬるくない。
浴槽に温度計があるので確かめてみると42℃。
しかれば「熱い湯」は…と見れば46℃近い。
意を決して熱い方に入ると、たちまち湯が足に食いついてくる。
壁には貼り紙がしてあって
「入槽時間は2分以内が適当です」とあるが、
とてもじゃないが2分も我慢できない。
大慌てで飛び出し、洗い場に退避する。
他の客はみんな地元の衆らしく、
互いに顔なじみのようだ(爺さんが目立つ)。
「今日はぬるいのう」
「体があったまらんでいかんわ」
などと言いながら平然と長湯をしている。
まるで落語の世界に迷い込んだ気分だ。
温泉マニアとしては敵に後ろは見せられないところだが、
後ろを見せた。

「のがわや旅館」の食事はいまも旨かった。
昨夜の「御所覧場」とは対照的に
徹底して海のものにこだわっているのがいい。
酒は地元の「開春」(回春に非ず)特別純米。
温泉津温泉は湧出量が少ないので、
のがわやの浴槽も小さいが、
れっきとした源泉掛け流しで、熱くて入れないほどではない。





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