フィリピンでは、英雄と称えられ死後も人々に慕われるには、非業の死を遂げることが必須条件のようです。この感覚は日本人にも共通するところが多い。例えば源義経。一ノ谷や壇ノ浦で平家に圧倒的な勝利を収め軍人としては天才でした。しかし政治がまるで理解できず、それが原因で兄の頼朝に疎まれて最後は味方に殺されてしまいます。のちに「判官贔屓」という言葉ができるほどの国民的アイドルになりますが、後世に与えた影響の大きさは、どう考えても頼朝が上。
その他にも、日本史でいうと織田信長、赤穂浪士、坂本龍馬...その最期が悲劇的であればあるほど、人気も高い。フィリピンの場合も同様で、独立運動の思想的リーダー、ホセ・リサールは35歳でスペイン軍により銃殺され(吉田松陰?)、独立の指導者、アンドレス・ボニファシオは33歳で政敵アギナルドにより処刑されています(西郷隆盛?)。
アキノ氏はフィリピンに帰れば殺されることを十分予期していたらしく、周囲の人たちにもそう語ったとのこと。そのタイミングで死ななければ英雄になれないと、悟っていたのかも知れませんね。
コメント
コメントを投稿