「脱出老人」を読んで
ちょうど去年の今頃、電子書籍リーダーアプリのキンドルを入手しました。最初は、池波正太郎さんの仕掛人シリーズや、平井和正さんのウルフガイシリーズなど、ずっと以前に愛読していた書籍の再読から。これが思ったよりはるかに便利で使いやすく、次は堀江貴文さんの本や、今ネットで話題になっている「恋愛工学」の小説版、藤沢数希さんの「ぼくは愛を証明しようと思う」などを購入。海外在住でも、日本の新刊本を読めることの幸せを享受しております。
そんなことで、この1年に合計26冊をスマホで読み終えました。平均すると月に2冊以上読んだんですね。その中で、一番最近の数日前に読了したのが、水谷竹秀さんの「脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち」。移住前は、この手のフィリピン物は散々読んで、一時期ちょっと食傷気味でした。しかしこの本は2015年の初版で情報が新しく、タイトルからも分かるように、老後のフィリピンで暮らしについて書かれた内容。私と同じような境遇の日本人を取材したノンフィクションなので、買ってみました。
著者の水谷竹秀さんは、フィリピン在留邦人にはお馴染みの、日刊まにら新聞の記者だったそうで、現在に至るまで10年以上フィリピンに在住。前作の「日本を捨てた男たち フィリピンに生きる『困窮邦人』」で、開高健ノンフィクション賞を受賞しました。
長くフィリピンに住む日本人の姿を見続けているだけあって、在留邦人の一人である私が読んでも、描写は的確。「なるほど、そんなこともあるのか」と思わず唸ってしまう箇所も多数。フィリピン国内だけではなく、フィリピン移住決断の経緯を追って、日本各地に出向き、家族・親戚・縁者を執拗なまでに取材。凡百の類似著書とは一線を画す内容です。
浮かび上がってくるのは、フィリピンの国内事情もさることながら、現代日本人が抱える深刻な問題でした。高齢化、少子化、無縁社会、介護、貧困、年金...。日本にいる時から目を逸らしてきた現実を生々しく見せつけられて、正直後半以降は、読み続けるのがつらかった。まるで、フィリピンに逃げても何も解決しないんだぞと、呟かれているみたい。私自身、80歳を超える両親がいて、自分も今年55歳。到底他人事とは思えないエピソードばかりでした。
日本の闇の部分を、フィリピン移住という視点で鋭くえぐったノンフィクションなので、普通に幸せに暮らす高齢のフィリピン在留邦人の影は薄い。登場しないわけではないけれど、スラムでのどん底生活に喘ぐ人や、異国の空の下で孤独死する人の話ばかりが印象に残ってしまい、全体としては重苦しい読後感。
英語ができて地域コミュニティーに参加し、現地の気候や食べ物にも順応し、フィリピン人配偶者との年齢差はあまりなく、贅沢はできないけれど生活資金に不足はない。要するに私のことですが、そういう移住者は出てきません。でも私がフィリピンで知り合った移住仲間の日本人は、だいたいそんな普通の幸福を手に入れています。
この作品は、普通の移住者を描くのが主題ではないので、無い物ねだりになってしまうのは百も承知。それでも、フィリピンについての入門書として、この本を手に取った人が、フィリピン移住にネガティブなイメージばかりを持ってしまったとすれば、それはかなり残念です。
もちろんフィリピン移住が「極楽暮らし」なわけがないことは、よく分かっています。でもできれば次作(があるかどうかは、分かりませんが)では、フィリピンに住んで幸せになった邦人の姿を、もっとたくさん描いて欲しい。水谷さん、取材に来ていただければ、いつでも大歓迎しますよ。
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