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家族・親戚

一時帰国2017 介護移住に向けて
すっかりご無沙汰してしまいました。 先週から10日間、日本に一時帰国しておりました。パソコンもスマホも持って行ったので、環境としてはブログ更新できたのですが、やはり1年ぶりの帰国。親戚や友人に会ったり、美味しいものを食べにいったりで、朝から晩まで出歩くことが多くて、ゆっくり物書き...
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19回目の結婚記念日
今日4月25日は、私とフィリピン人の家内の結婚記念日。あれは1998年のことだったので、今年で19回目なります。月並みな感想ながら、やっぱり早いものですね。フィリピンで迎えるこの日は、19年前の当日を含めて6回目。今日もあの日と同じように、晴れて暑い1日でした。 本来ならば、近く...
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ソフト・オープン
先日4月1日、義妹ジーナの実家、モランテ一家のファミリービジネスとして、コインランドリーの店「イー・ウォッシュ(e-Wash)」が、ここネグロス島シライ市内にオープンしました。中心になっているのはジーナの弟のジュンジュン。彼は以前、私が5年前まで所属していた、日本の大手家電メーカ...
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オフィレニアの美女たち
3月に入ってからは「フィリピンから見た日本社会」みたいな、少々辛辣で重たい話題が続いたので、今日は軽い目の投稿を。 最近でこそ、フィリピンに旅行したり長期滞在する日本人女性が増えましたが、以前はほとんどが男ばかりだった在留邦人。フィリピン女性の魅力に捕まってフィリピン通い。気が付...
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美貌のアクサ・レディ
出典: AXA Philippines 今日は 前回 の続きで、フィリピンでの民間保険への加入についてのお話です。フィリピン人の家内が加入している、フィリピン国営の医療保険フィルヘルス。家内の扶養家族の資格で、私と息子も医療費の40%がカバーされるのは、前回書いた通り。 今年55...
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フィリピンの親戚たち
フィリピン人と結婚した場合、よく言われるのが配偶者の家族や親戚から、やたらと経済支援を求められること。ビジネスを始めたい、家を建てたい、誰かが病気になった、怪我をした、子供を大学に入れたい、今日の食費がない、などなど。もう、ありとあらゆる理由でお金を要求する...ということらしい...
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従妹はダンサー
フィリピン人の家内の母、つまり私の義母は、5人兄弟姉妹の長女です。全員結婚して子供がいて、母方の祖父母の初孫である家内は、その筆頭。ただ、フィリピンにしては珍しく、長男の叔父を除いては、多くても3人しか子供を作らなかったので、家内の従弟妹の数は、私が知っているだけでも14人。家内...
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モテモテ、ジャピーノ
皆さま、新年明けましておめでとうございます。今年も、このブログを訪問いただき、ありがとうございます。 さて年明け早々、身内の話で恐縮ながら、今日は11歳になる私の息子のお話。日本とフィリピンの血を受け継ぐ日比混血のハーフ。こちらではジャパニーズ・フィリピーノを縮めてジャピーノと呼...
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母とネルジー 両親のフィリピン滞在・後編
waled b 21 11月 2016
今年八十歳になる両親のフィリピン滞在レポート、 前回 の続きで、これが最終回です。 母の足の負傷で、丸二日はバタバタしてしまったものの、それ以外は概ね順調だったフィリピン滞在。今回、両親にとって目新しい体験だったのは、日常生活にメイドさんがいるということだったかも知れません。 大...
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突然介護 両親のフィリピン滞在・中編
今年八十歳になる両親のフィリピン滞在レポート、 前回 の続きです。 さほど暑くもなく雨もあまり降らず、食事には満足して機嫌よくのんびりの両親。土曜日の午後、いつもの 出張マッサージ のおねえさんに、両親の施術も頼むことになりました。すっかりリラックスしてるし、ついでに南国リゾート...
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大食い八十歳 両親のフィリピン滞在・前編
昨日までの十日間、日本に住む両親が、ネグロス島シライ市の我が家に、滞在していました。少し前に投稿したように、父も母も今年八十歳で、 終活中 の二人。だいぶ前から「あと何年生きられるか分からん」が口癖。身体は、あちこちガタが来ているようですが、足腰はしっかりしていて、今でも毎週のよ...
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親の終活
私の両親は、二人揃って今年80歳になるというのに、まだまだ元気。今私たちが住んでいる自宅の、施工監督をやってくれた父親など、帰国後また仕事してるほど。建築業界は、なぜか定年が他の業界に比べて高いらしく、建築士だけでなく、大工や鳶、左官などの職人さんは、かなりの年齢になっても現場に...
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シカゴから愛を込めて
もう先月のこと、アメリカに住む、家内の義理の叔母ジェネリとその娘ケビンが、ネグロス島に一時帰国しました。家内の母方の親戚オフィレニア一家は、出稼ぎのための移住者が多い。ジェネリとケビンを含め、家内の従妹三人とその子供たちが三人、さらに叔父と叔母が三人、合計九名がシカゴで暮らしてい...
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奥さまはフィリピーナ...か? その10「クリスマスの奇跡」
前回 の続きです。 フィリピン人の家内と一緒になって、日本で暮らし始めたのが1998年の秋。お互いにもう30歳は過ぎていて、早めに子供が欲しいと思ってました。折しも20世紀の終わろうとしていた時期。できれば西暦2000年生まれの、ミレニアム・ベイビーだったらいいのに...。 とこ...
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奥さまはフィリピーナ...か? その9「孝行嫁」
前回 の続きです。 来日当初の秋冬、街路樹の落葉を見て「木が枯れていく!」と騒いだり、生まれて初めてのアカギレを盛大に痛がったり。それ以外にも、お風呂が大変。 湯船に浸かるという習慣がない熱帯のフィリピン。ちょっと高級なホテルならばお湯は出るけれど、大抵の家では水シャワーが普通。...
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奥さまはフィリピーナ...か? その8「やっぱり冬は苦手」
前回 の続きです。 やっと日本での、普通の結婚生活が始まりました。とは言っても、日本への渡航どころか、それまでフィリピン国外へ出たこともなかった家内。英語は TOEFL (世界標準の英語能力試験)で満点取るほどでも、日本語能力はまったくゼロ。最初は、日本での暮らしを手取り足取りで...
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奥さまはフィリピーナ...か? その7「配偶者ビザ取得顛末」
前回 の続きです。 ようやくフィリピン人の家内と結婚式も済ませたのに、一緒に日本には帰れないつらさ。事情が許すならば、日本へのビザが取得できるまでは、フィリピンで暮らしたかった。まるで、遠距離恋愛をテーマにした、JR東海のCM「シンデレラ・エクスプレス」(1987年)の気分。今で...
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奥さまはフィリピーナ...か? その6「ついに結婚」
前回 の続きです。 1998年4月25日、私たちは、フィリピンのネグロス島・西ネグロス州の州都バコロドにある、ルピット教会( Lupit Church )という場所で結婚しました。4月末と言うと、フィリピンでは最も暑い季節。昔ながらのカトリック教会の聖堂には、冷房もなく、扇風機と...
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奥さまはフィリピーナ...か? その5「超遠距離恋愛」
前回 の続きです。 性懲りも無く、またもや始めてしまった3000キロの超遠距離恋愛。フィエスブックやスカイプ、LINEもない1990年代。インターネットそのものが、まだ本格的に普及する前で、日本ですらダイアルアップが主流の時代でした。そもそも相手に個人アドレスがなく、ようやく勤め...
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奥さまはフィリピーナ...か? その4「神さまの思し召し」
前回 の続きです。 初めて会った時の家内は、三十を少し過ぎたぐらい。童顔で、高校生と言っても通るような風貌でしたが、フィリピンの東大とも言うべき、フィリピン大学を卒業し、そのまま大学院を経て大学に残り、研究員をしているという「超」インテリ。 あまり結婚願望もなかったようで、叔母の...
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